DAY 30:6/29(土) 3位決定戦 韓国vsトルコ(大邱)観戦記 ~20周年記念 2002日韓ワールドカップ観戦記『魂の記憶』~

6月29日、土曜日。

韓国で行われるワールドカップ最後の試合、3位決定戦の当日だ。

 

64試合が組まれていた大会も、あと2試合。
今夜20:00キックオフの3位決定戦 韓国対トルコで韓国開催の試合は全て終わり、明日20:30キックオフの決勝 ブラジル対ドイツで1ヶ月間にわたる大会の幕が下りる。

俺にとっても、今日が最後の現地観戦。

試合当日の朝を高揚した気持ちで迎えるのもこれが最後になる。

 

月曜日から5泊した蚕室(チャムシル)のユースホステルを、バックパックを背負いながら松潤と去る。

スタッフの兄ちゃんたちも良い人だったし、1週間近くいたのでさすがにちょっと名残惜しい気持ちになった。

 

 

ソウルは晴天。

鉄道の旅をするには絶好だ。

 

地下鉄でソウルの駅へ。

今日の目的地である大邱(テグ)を通る釜山行きムグンファ号(急行に相当)が発車する10時頃までちょっと時間があったので、駅構内のマックで軽く食べ、でっかいサイズのコーヒーをテイクアウトして列車に乗った。

片側2席ずつの4列シートのうち進行方向右側の2席を指定で確保しておいたので、窓側に俺、通路側に松潤が座ることにした。

 

青空の下、列車は漢江を渡って南へ走る。

5日前は少し不安というか心細さを感じながら夜行列車で明け方に到着したソウルだったが、この街の姿が遠ざかっていくのは少し寂しさも感じた。

 

そんな風に少し感傷的になっていたのに、急に車内が騒がしくなった。

同じ号車の前方を見たら、どうやらボーイスカウトのような少年の一団がいて、巨大なラジカセを使って爆音で音楽をかけ始めたのだ。

韓国では普通のことなのかもしれないが、何の前触れもなくいきなり旅情ぶち壊しの賑やかな空気になったので松潤と苦笑していたら、これは全然普通のことではなかったらしく一団の指導員みたいな人が他の乗客に怒られてラジカセはあえなく止められたのだった。

 

これでまた普通の空気で大邱まで乗っていられるなと思いながら松潤とダラダラ喋っていたのだが、しばらくすると今度は例のボーイスカウト軍団の数名が車内を歩き始めて何かをし始めた。

また何かやってんのか!?

と思ったら、乗客へおにぎりを配っている様子。

俺らの所にも来てくれて、話の流れはよくわからないがありがたく頂戴することにした。

 

韓国に渡った初日の韓国対イタリアの舞台、大田(テジョン)を通り、4時間少々の乗車で14時過ぎに東大邱(トンテグ)駅に到着。

ここでムグンファ号を降りた。

 

大邱は曇っていたが、少し蒸し暑い。

ソウル、釜山に次ぐ韓国第三の都市だけあって、街には高いビルも多い。
地方都市っぽい雰囲気が漂っていた大田や光州と比べると明らかに都会だった。

今夜一晩だけ泊まる安宿にひとまずチェックインし、大邱の街をぶらぶらすることにした。

 

大邱の地下鉄の入口。

翌年の2月に200名近い犠牲者を出した大邱地下鉄放火事件は、この路線の中央路駅の車内で発生した。
この日に地下鉄でそこを通りがかっていただけに、そのニュースを知った時は心底衝撃を受けた。

 

大邱の街も、ソウルや大田と同様に道幅が広くて木々も多い。

交差点には荷車で果物を売っているおじさんの姿もあった。

 

もしかしたら、20年経った今ではもうこうした光景を見ることはできないのかもしれない。




 

大邱の中心部や路地裏をひととおりブラブラしたが、やはり今日は俺らにとって最後の試合になるということでちょっとソワソワした気持ちがあったので、これまでのワールドカップの試合よりも早めにスタジアム入りすることにした。

キックオフは20時なのでかなり余裕があったものの、一度宿に戻って試合観戦の支度をし、17時過ぎには出発。

大邱の競技場は市街地からちょっと遠い山の方にあったのだが、シャトルバスに乗って18時頃には着いてしまった。

 

この時間なら、ソウルでの準決勝のように入場前に混雑するようなこともない。

ロケーションは静岡のエコパのような雰囲気。
スムーズにスタンド内へ入ると、なかなか立派なスタジアムだった。

 

ウォーミングアップまでしばらく時間があったので、スタンド内を探検。

俺らのチケットはカテゴリー2のバックスタンド1階席のホーム寄りだったが、この日は随分警備が適当で2階席にもカテ1のエリアにもノーチェックで入ることができた。

 

2階席は2階席で、前列ならこれまた良い角度。

 

バックスタンド2階のど真ん中からはこのような感じだった。

 

再び1階席に下り、カテ1のビジター寄りの位置から自席の方を撮ってみた。

ゴール裏の電光掲示板と塔のようなものが印象的だ。

 

試合が近づき、ウォーミングアップが始まる頃には空席が次第に赤く埋まっていった。

このように対戦国同士の国旗がモニターに映っている様子を見るのもこれが最後かと思うと、まだ終わっていないのに感慨深い気持ちになる。

 

この連載の序盤でも述べたが、俺にとってこのワールドカップで最も見たいチームはアイルランドとイングランド、エクアドル、そしてトルコだった。

中でもトルコは、1954年のスイス大会を最後に半世紀近くW杯出場を逃し続けていたものの、当時「地獄」と称された圧倒的なホームの雰囲気を擁し、2000年前後はクラブシーンでも存在感を高めていたまさにその時期だったのだ。

 

1999/2000シーズンのUEFAカップでガラタサライがトルコ勢初のヨーロッパタイトルを獲得。

その翌シーズンも、CLでベスト8まで進み、準々決勝第1戦では当時「銀河系」と恐れられていた欧州王者レアル・マドリードに逆転勝利。
敵地ベルナベウでは完敗したものの、欧州戦線にトルコあり、という印象を強く残したのだった。

エースのハカン・シュキュルや切れ味鋭いサイドアタッカーのハサン・シャシュ、百戦錬磨のレフティー エルギュン・ペンペにモヒカン頭のユミト・ダバラらはまさにガラタサライの中心選手。

さらに、レバークーゼンで活躍していたちっちゃいおっさん風の見た目とは裏腹な華麗なプレーが魅力の10番イルディレイ・バシュトゥルクやブラックバーンのスタミナお化けトゥガイ・ケリモル、アストン・ビラのガチムチセンターバック アルパイ・オザラン(その後浦和レッズでプレー)、ともにインテルへとステップアップしたオカン・ブルクとエムレ・ベロゾール、W杯直後のシーズンでリーガを席巻したソシエダのニハト・カフベチといったヨーロッパのトップリーグでプレーする選手を多数擁し、最後尾に君臨するのは顔面に黒いシールを貼った怖すぎるGKリュシュトゥ・レチベル。

そう、2002年のトルコはまさに「乗りに乗った」味付け濃いめのチームだったのである。

 

そのトルコは、このワールドカップではグループCをブラジルに次ぐ2位で通過し、日本での決勝トーナメントへ移動。
ご存じのようにラウンド16で日本を1-0で破り、スコアが動かぬまま延長戦へ突入した準々決勝でもイルハン・マンスズのゴールデンゴールでセネガルを撃破した。

ブラジルとの再戦となった準決勝は0-1で敗退したものの、攻撃陣が自慢という前評判とは異なりむしろ守備面の固さを披露しながら躍進してきたのである。

強いて言えば、エースかつキャプテンのハカン・シュキュルが大会を通してノーゴールということが心配ではあったが、もともと戦力が充実している上に日替わりでヒーローが登場する好循環に恵まれていたこのチームがどこまで行けるのか、この試合は大いに楽しみだった。

 

一方の韓国代表については、これまで掲載してきた3試合の観戦記でおそらく説明不要。

ヒディンク監督仕込みのハードワークで欧州の列強を苦しめてきたチームは、準決勝からのリカバリーがトルコより1日多い好条件を味方につけて3位を狙う。




 

選手入場のシーン。

15試合にわたるこの日韓ワールドカップ観戦の旅も、これが最後の試合だ。

そう思うと、感情の高まりが止まらない。

 

この日は韓国がホーム扱いで赤い1stユニフォーム、トルコがアウェイ扱いで白い2ndユニフォームを着用。

まずは韓国の国歌斉唱。
6万人の声が響く。

 

続いて、トルコの独特の国歌が流れる。

ワールドカップ予選の中継を見ていた際、トルコのホームゲームではこのシーンのスタンドからの声が大きすぎて音が割れていたことを思い出す。

 

両チームの円陣。
お互いにこれがこの大会で最後の試合だ。

なんか、まだ試合が終わっていないし、そもそも始まってもいないのだが、既に涙腺が震える感じを覚えた。

 

そんな感傷的な気分でキックオフを迎えたら、一瞬で、比喩でも大げさでもなく「本当に一瞬で」試合が動いた。

開始直後のバックパスを韓国がもたついたところを、この日スタメン起用されたイルハンがチェイスし、中央に流れたボールをハカン・シュキュルが冷静にゲット!

眠れるエースがついに目覚めた!

 

63,000人超の観客の誰もが驚愕した、試合開始わずか11秒での先制ゴール。

この電光石火の一撃は、それまでの記録「開始15秒」を当時40年ぶりに塗り替え、さらに20年以上経った今でも『ワールドカップ本大会 史上最速ゴール』として輝いている。

 

いきなりビハインドを背負って気落ちするかと思われた韓国だったが、すぐさま反撃。

8分、向こう側のゴールに対しやや右寄りでFKを得ると、左利きのイ・ウリョンが右上隅へ一閃!

 

リュシュトゥの手の及ばぬギリギリのコースを突いた見事なキックですぐさま1-1の同点に。

この大会でポーランド・ポルトガル・イタリア・スペインといった欧州勢を連破し勝ち慣れてきた韓国だけに、スタジアムのボルテージも「これでいける!」とばかりに一気に上がる。

 

これで試合が落ち着くかと思ったら、その3分後に今度はトルコ。

ゴール前でハカン・シュキュルが潰れながら右へ転がしたボールを今度はイルハンが押し込む!

 

先制点の時と絶好機を交換するような二人の連携でトルコが再びリードを奪った。

 

再度追う立場となった韓国も、この日はスタメンとなったアン・ジョンファンがリュシュトゥにセーブを強いるなど、ドイツ戦よりもゴールに近づく機会は明らかに多い。

とても1-2のまま終わるようなムードではなかった。

 

両チームとも準決勝までのプレッシャーから解放されたかのようにゴールへ向かう意欲を見せる中、追加点を奪ったのはまたもイルハンだった。

32分、ハカン・シュキュルが相手を背負いながら縦パスを落とすと、走り込んだイルハンがGKイ・ウンジェの飛び出しをギリギリかわすようなチップキック。
(写真はまさにそのシュートシーン)

 

ふわりとした弾道のこのシュートでリードを2点に広げたトルコ。

貢献はしつつも一発が遠かったエースが1ゴール2アシスト、準々決勝で覚醒したラッキーボーイが2ゴールと、ブラジルに完封された準決勝の鬱憤を晴らすかのようなゴールラッシュだ。

 

さらにトルコは左利きの名手エルギュンの高精度CKからハカンが高い打点のヘッドを見舞うが、ここはイ・ウンジェがストップ。

1-4とはならなかった。

 

韓国も41分に大チャンス。

エリア外中央のパク・チソンから左前を走るアン・ジョンファンへ繊細なスルーパスが通ると、狙いすましたシュートがネットを揺らす。

これで2-3か!

再び大いに沸いたスタンドだったが、判定はオフサイド。
ノーゴールとなった。

帰ってハイライトで見返すと、ゴール前に居たソン・ジョングクはオフサイドポジションだったがパスを受けたアン・ジョンファンの位置は問題なかった。
VARのある現在だったらこのゴールは認められて3-2になっていたことだろう。

 

ここで前半終了。

1-3というスコアもさることながらとにかくアグレッシブな攻撃の応酬で、あっという間に前半は終わった。




 

一人で観戦しているとハーフタイムは長く感じるものだが、松潤のおかげで準決勝に続きこの日もすぐに後半が始まった気がする。

後半はトルコが向こう側のゴールへ、韓国がこちら側のゴールへ攻める。

 

後半は頭から韓国がガンガン飛ばす。

7分にソン・ジョングクが右から狙ったシュートはリュシュトゥがセーブ。

 

2点を追う韓国は、吹っ切れたかのように前に出る。

準決勝から中3日かつソウルから移動するだけで済みまだ余力がある韓国に対し、トルコは中2日でしかも日本からの移動を余儀なくされていた。
逆の移動となる決勝戦に配慮してこうした日程になったとはいえ、トルコイレブンの運動量は後半が進むにつれて明らかに落ちていった。

 

開始早々からハイペースだった試合展開に少しばかり閉塞感が見えてきたところで、隣の席にいたコーラ飲んでる白人2人組が急に俺らに声をかけてきた。

英語で、

「なんかさ、試合落ち着いてきちゃったから俺たちとウェーブ始めない?

みたいな話だった。

 

いきなり声かける内容がそれかよと思いつつ、俺も松潤も「おう、いいよ!やろうぜ!」のように返答。

4人で声を合わせ、

「スリー! ツー! ワン! フォーーーー!」

と腕を上げて立ち上がった。

 

もちろん最初は、周囲の反応は薄い。

「何してんだこいつら」

という視線を浴びた。(そりゃそうだ)

 

そこでひるまないのがワールドクラスのサッカーバカ。

隣の白人たちは俄然やる気になってしまったようで、4人でもっとデカい声を吠えながらウェーブを起こす。

 

もう、いくら滑ったっていいや。
どうせここにいる誰とももう会うことないし(笑)。

と、ある種開き直った気持ちで3回目・4回目のウェーブを試みる。

 

すると、これまでの頑張りが報われたのか(?)ついにバックスタンド方向へウェーブが広がっていくではないか!

もうハチャメチャなテンションで「オイ! オイ! オイ! オイ!」と煽っていくと、試合の真っ最中ながら手拍子とともに人の波がスタンドを奥へ奥へと走っていった。

その勢いのまま、ウェーブは向こう側のゴール裏も右へと駆け抜けていった。

メインスタンドの中央付近は関係者席や記者席の割合が多いためそこで途切れないか危惧したが、そうした席に座っているはずの偉い人たちや仕事中の人たちもそういうノリに染まってしまっていたようで(笑)、ウェーブはメインスタンドも突破。
こちら側のゴール裏も一気に通り抜け、2週目に突入した。

やべえ! なんか俺ら、6万人を動かしてる!

 

意味のわからないエクスタシーを感じながら、3周・4周と続いていくウェーブとスタンドの息遣いを感じていた。

20年経った今こうして恥ずかしさとともに振り返ると、試合に全然関係ないことやって迷惑な奴だなと思う気持ちもあるが、もうこんな経験は一生ないだろう。

 

やがて、しばらくしてみんな飽きてきたところでウェーブが自然消滅すると、2点を追う韓国が攻めて攻めて攻めまくる時間帯が到来した。

36分、右サイドから突進したチャ・ドゥリがフリーで右足を振りぬいたが、シュートはとんでもないミスキックで右へ大きく外れた。

「やってもうた」と倒れ込むチャ・ドゥリ。

 

2分後にはアン・ジョンファン、その直後にはまたもチャ・ドゥリがシュートするが、ことごとくリュシュトゥがセーブ。

ピンチの多さが集中力を高めたのか、リュシュトゥは鬼神のようなモードに突入したようだった。

 

その後もイ・チョンス、ソン・ジョングクがゴールを襲う。

バテバテのトルコはセットプレーに逃れるのがやっとという状態。
それでもゴールは生まれないまま、後半もアディショナルタイムを迎えた。

 

すると、アディショナルタイムが2分に差し掛かろうとする頃、ミドルレンジからソン・ジョングクがシュート!

それがなんと、至近距離に立っていたチャ・ドゥリの尻に当たって弾道が変わり、リュシュトゥの手も及ばず左サイドネットに突き刺さった。

 

なんじゃこりゃ! とこちら側で見ていた誰もが思ったギャグのようなゴールで2-3の1点差に。

お祭り騒ぎというか狂喜乱舞というか、異常なテンションに陥るスタンド。
近くの韓国人のお姉ちゃんたちも「チャ! ドゥ! リ! チャ! ドゥ! リ!」と、そんなコールねえだろという即席のコールで大喜びだ。

 

これだけめちゃくちゃな試合なら最後にもう一発あってもおかしくない。

大盛り上がりの中、ここまでの番狂わせを上書きするような軌跡に期待がかかった。

 

が、さすがにそれは実現せず、両者最後まで全力を出し切ったハイテンションな3位決定戦は2-3で終了した。

少しのため息の後、スタンドからは割れんばかりの拍手と歓声。

韓国の選手たちだけに対してではない。
間違いなく、その対象には素晴らしいパフォーマンスを見せたトルコの選手たちも含まれていた。

 

両チームの選手たちにも、その意味は伝わっていたはずだ。

試合後にはどちらからともなく両者のメンバーが集まり、入り交じりながら各スタンドへ向かって声援に応えていった。

 

これが、今回の俺のワールドカップを巡る旅の終着点。

6月1日から15試合をたどっていった旅の末、最後の試合で目にしたのは、「勝者か敗者か」ではない、全員が勝者として輝いていた究極の光景だった。

 

 

「3位決定戦なんて廃止すればいい」

そういう意見は昔からある。
当然、準決勝や決勝より高いモチベーションで3位決定戦に臨む選手はいないし、準決勝で心身ともにダメージを負った状態の選手にもう1試合を強いることはたしかに酷でもある。

しかし、18歳でこの素晴らしい試合を体感する機会に恵まれた俺にとっては、そんな風には思えない。

準決勝で敗れた選手たちが最後にもう一花咲かせる場所であり、ここへたどり着くまでに選手たちが示してきた殊勲の総決算の場所。
そう、3位決定戦というのは大会の結末を彩る「もう一つのファイナル」なのだ。

 

事実、3位決定戦とは英語で「3rd Prize Match」という名称なのがこの頃は当たり前だったが、サッカーのワールドカップだけでなく、現代ではオリンピック的な発想からか「Bronze Final」(銅メダルを賭けた決勝戦)と呼ばれることが増えてきた。

ワールドカップ本大会において、これから先も、このラウンドの価値が守られ、そして永く続いてくれることを願っている。

 

 

話を試合に戻そう。

3位決定戦ならではの光景として、ピッチのメインスタンド側には表彰台が設けられ、3位となったトルコのメンバーがメダルを授与されていた。

おめでとう、トルコ。
予選からずっと注目してきた彼らの快挙に、最後だけではあるが立ち会うことができて幸せだった。

 

表彰式が終わるとほとんどの選手たちは引き上げていったが、トルコの英雄、ハカン・シュキュルは広告板を乗り越えてスタンドの近くまで来てくれた。

ノーゴールの試合が続きおそらく母国では多かれ少なかれバッシングされていたであろう彼が笑顔で大会を締めくくることができたことも、この試合の印象が爽やかなものとなった一因だった。

3位決定戦がなければ、敗れた準決勝が最後の試合となっていたら、6戦不発の彼は多かれ少なかれ「戦犯」としてこの大会を去ることになったのだろうから。

 

この1年半後、俺は初めてのヨーロッパ一人旅を敢行。

一番の目当てはトルコに渡りイスタンブールでガラタサライの試合を生で観戦することであり、その圧倒的な空気のホームゲームへ足を運んだ3試合でいずれも大黒柱のセンターフォワードとして君臨していたのも彼だった。

俺のサッカーファン歴の中で、こと海外サッカーにおいて、絶対に忘れることのできない存在だ。

 

 

帰りのバスは、誰もが満足感を漂わせながら、「祭りの終わり」を意識せざるを得ない、少しばかりの寂しさを伴う空気だった。

ワールドカップの試合後にこうして街へ帰るのも、これが最後だ。
疲労感の中で、達成感と名残惜しさが入り交じる。

 

宿に戻りテレビをつけると、今夜の試合だけでなくワールドカップ期間中の韓国代表の戦いを振り返りながら称える番組ばかりが続いていた。

特にラウンド16のイタリア戦でのアン・ジョンファンのゴールデンゴールは、各テレビ局を合計したら一晩で何百回も放送されていたことだろう。

 

松潤と俺は、そんなテレビを見ながら交代で入浴を終え、明日午前の列車移動に備えて布団に入った。

電気を消し、「おやすみ」と言って40秒くらいしたらすぐさま松潤の寝息が聞こえてきた。

 

「早っ!」

どんなギャグだよと笑いが止まらなかったが、朝から列車に乗って一日中俺に付き合ってあちこち動いてくれた彼も相当疲れていたことだろう。

 

したがってこの日は、2つの最速記録が樹立された日として俺にとっては大いに記憶に残っている。

そう、「ワールドカップ本大会史上最速ゴール」と、「一緒に泊まったことがある奴最速就寝記録」である。

 

日韓ワールドカップ観戦最後の試合の日は、ボーイスカウトの一団による不意打ちから親友の即寝まで、最初から最後までつくづく愉快な一日だった。

 

<前回の6月26日-28日分は コチラ

<次回の6月30日分は コチラ

 

 20周年記念 2002日韓ワールドカップ観戦記『魂の記憶』
目次はコチラ!

【目次】20周年記念 2002日韓ワールドカップ観戦記『魂の記憶』

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(この情報は2002年6月時点のもので
す。

 

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